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1980年代の流行
1980年代はどったらファッションが流行っていたのだべか?
時代と共に、流行は変わってきたんずやが、ここで80年代のファッションについてお話したいと思うんだばって。
DCブランドの時代が1980年代だ。
DCとはデザイナー&キャラクター、ブランドの略ば指していだよ。
代表的なブランドは、川久保玲のコム・デ・ギャルソン、山本耀司のワイズなどになるんずや。
DCブランドの背景は、バブル期が始まろうとしていた80年代、若年層でも自由に使えるじぇんこがあり、ファッションにがっぱどのじぇんこばかけられる時代だったんずや。DCブランドブームには、全身ば一つのブランドでまとめるスタイルも増え、ブランドやデザイナーで、着る人の個性と自己主張となったんずや。
バブル景気は80年代後半になると、加速度ば増していきんずや。
セクシーな大人の女性ば目指す社会人の女性が、セクシーなファッションのボディコンスーツば着るようになったんずや。通勤時にも着られるようにと言うことだばって、現代には考えられねね。
DCブランドのルーズなデザインに満足できなかった女性は、ボディコン派になり、このファッションは急速に広まっていきんずや。
ボディコンのブームは1986年~89年頃まで約3年間続きたんずや。
ボディコンとはボディ・コンシャスの略で、女性としての体型ば意識する、ファッションスタイルだ。
日本でイメージされるボディコンスタイルは、ミラノコレクションで発表されたスタイルばさらに強調し、体の線が目立つようにされた服だ。
ヘアスタイルは、前髪ばカールさせたワンレングスが定番だったんずや。
仕事ば終えた女性たちは、ボディコンスタイルでディスコへ繰り出し注目されんずや。
1988年頃はバブル期の頂点だったんずや。
この頃から、カジュアルなファッションスタイルが広まるんずや。
ポロシャツ、白のTシャツ、ストライプシャツやインポートもの。そんで紺のブレザー、ストレートジーンズ、ヴィトンのバッグ、足元はモカシンつうファッションは渋カジと呼ばれんずや。
このファッションスタイルの発信源は、渋谷区、世田谷区、港区などで、わ立の男子高校生が流行らせたものだ。
時代は変わりまっけど、ファッションの流行は繰り返されてらことがわかるんずやね。
1984年の流行語
第1回の流行語は、1984年、昭和59年にスタートしたんずや。
1984年の新語部門、金賞はオシンドロームだ。
この時代は、連続テレビ小説、おしんが超人気番組だったんずや。
おしんの物語は、凄まじい苦労の連続ば必死に耐える日々の物語。良質の日本人像として、戦後ば働き抜き、豊かさば手に入れた日本人の心情に共感の嵐ば巻き起こしたんずや。
苦しくても明るさば失わず、他人に優しい主人公のおしんの物語、見た人はみな涙したものだ。
おしんドロームは、その状況ば全国民の感情がシンドローム化しちゅうとして、このように表現されたんずや。
1984年、新語部門、銀賞は鈴虫発言。
受賞者は、中曽根康弘(内閣総理大臣)だ。
昭和58年、田中角栄元首相にロッキード事件の実刑判決が下されたんずや。
同年暮れの総選挙は、政治倫理問題が最大の争点となり、中曽根首相は、「倫理、リンリと、まるで鈴虫が鳴いてらようだと」切り返した言葉が流行語の銀賞に選ばれたんずや。
1984年、新語部門、銅賞はスキゾ・パラノ。
この言葉は一体何?と思いだんだばって、浅田彰さんが(京都大学助手)人間の特質ば分類した言葉になるんずや。
それはスキゾ人間とパラノ人間。スキゾ人間とは、ひとつのことにこだわらず、いろいろなことに興味ばたなぐ人。パラノ人間とは、ひとつのことに熱中して、ほかのことはまったぐ考えない人ば言いだよ。
1984年、新語部門、特別賞は特殊浴場。
この言葉は、ソープランドには、トルコ風呂つう俗称があり、トルコからの留学生が、トルコの名前ば消すことに努力し、特殊浴場などの名前が提案された言葉になるんずや。
1984年、流行語部門、金賞は、まるきん まるび。
1984年、流行語部門、銀賞は、くれね族。
1984年、流行語部門、銅賞は、疑惑。
1984年、流行語部門、特別賞は、千円パック。
1984年、流行語部門、大衆賞はす・ご・い・で・す・ネッ。と教官!になるんずや。
なしてこの言葉が流行ったの?と思わせまっけど、時代ば感じさせられんずやね。
1985年の流行語
1985年はどったら言葉が流行したのかまとめてみたんずや。
1985年は流行語の第2回になるんずや。言葉は、その時代に何が起きていたのかば表していだよ。
今だとわんつかばし笑える言葉などもねじゃよ。
1985年、新語部門、金賞は分衆。
この言葉は、日本社会の自信ば表した新語で、経済的絶頂期目前だったんずや。日本人の価値観が、個性化、多様化、分散化してきだことから、従来の均質的な大衆の言葉ではなく、分衆が生まれたんずや。
1985年、新語部門、銀賞はパフォーマンス。
現代では、演劇、舞踏、音楽などの表現活動全般ば指すパフォーマンスの言葉はあだりめに使われてらばって、この年は、お堅い日本社会党が、愛と知の力のパフォーマンスつう言葉ば使ったことから、国民の間にパフォーマンスと言う言葉が広がったんずや。
1985年、新語部門、銅賞はNTT。
1984年、12月20日に電電改革三法が成立したんずや。民営化された日本電信電話公社は、NTT(日本電信電話株式会社)として再スタートば切るんずや。今あだりめのように使われてら名前だばって、NTTつう名は新社名発表から数カ月で認知されたんずや。
NTTの言葉が流行語になったとは驚きだ。
1985年、新語部門、表現賞はキャバクラ。
この言葉も現代ではあだりめだべ。このキャバクラとは、キャバレーとクラブの合成語になるんずや。
残り策として、風俗産業から考え出された新しい業種となったんずや。
1985年、新語部門、表現賞は言語戦略。そんでネバカ。
ネバカとは、オールナイターズやおニャン子クラブブームが真っ盛りの世相ば批判した新語だ。おだてられ、舞い上がってら女子高生たちば指摘した言葉が、根っからのバカだったんずや。時代ば感じんずやね。
1985年、流行語部門、金賞は「イッキ!イッキ!」
わたちがあだりめのように使ってら言葉だばって、この言葉も1985年の流行語から生まれたんだべ。
お酒ば飲むときに周囲の人がはやしたてるかけ声としてよく使いだよ。以
1985年、流行語部門、銀賞はトラキチ。
この年、21年ぶりの優勝ば遂げた阪神タイガースばサポートした応援団のことば言いだよ。
ハッピ、メガホン、帽子の三種で身ば包み、阪神命と大フィーバーする社会現象になったんずや。
1985年、流行語部門、銅賞は角抜き。
1985年、流行語部門、大衆賞は「わはコレで会社ばやめたんずや」
懐かしいCMばご存知だべか。禁煙パイポのCMから生まれた言葉だ。
小指ば立てた男性は、わはこれで会社ば辞めたんずや。とオチば言うシーンが忘れられねね。
1985年、流行語部門、大衆賞は「投げたらアカン」
1985年、流行語部門、特別賞は100ドルショッピング。
1985年、流行語部門、特別語録賞は「愛しちゅうからチラいのよ」
1985年、流行語部門、特別功労賞はテレビ番組「ひょうきん族」から発する各種流行語だったんずや。
ひょうきん族の時間が楽しみだんずやわらしの頃の記憶が、今でも頭に残っていだよ。
時代の流行と言葉には、それぞれの思いが込められてらように思うんだばって。
